子供との接し方が下手くそだ。
- 会社の厚生行事で上司のお子さんと接した。
- あまり振り向いてくれない。他の人との違いは何だろう。
- 心を開く、ができていないのかも。
子供と接する機会。刺激的な1日だった。
今日は会社の厚生行事で海を見ながらBBQを楽しんだ。
会社のイベントは好きでないが、今日はほんわかした雰囲気で終わり落ち着いた様子で解散出来たことが良かったことの1つ。
もう1つは子供たちと接して自分を客観的に見ることができたこと。
今日は子供たちとの触れ合いを通じての雑感を書く。
こちらから歩み寄ることができない。
子供たちはかわいかった。
だいたい幼稚園から小学校低学年の年齢。
無邪気に砂浜を走り回る姿は人間ってより動物って感じの可愛さ。
反射的に見たものを言葉にして発したり、
急に大声を出して走り出したり、
面白いと思ったことを何度も繰り返したり、
全ての瞬間で人間なのにどうして?って思うけど、癒されるし可愛い。
子供たちの様子は純粋に可愛い。
ただ、こちらから歩み寄ってお話するとなると全く別の意識で頭がいっぱいだ。
「・・・何から話していいかわからない。。。」
トライしてもぎこちない空気を振り払うことができず、、、
結局、自分の元を離れて駆けまわるのだ。
難しさと寂しさを覚え、表情にだすまいと頑張って飲み込んだ。
ある瞬間に気づいたのが、
「あ、名前すら聞いてなかった」
ということ。
マッチングアプリ等、初対面の人との挨拶は大事だ。
自己紹介もそれの1つだ。
僕は相手が子供だからと、自己紹介すらしていなかった。
考えすぎかもしれないが、自分の名前ぐらい言うべきだと思う。
もしかしたら、ふれあうのは今日だけかもしれないけど、
しっかり名前を伝えるところからはいれば、相手との距離感が縮まると思う。
子供は興味に純粋に従って動き回る。
僕が名前を聞けば、教えてくれると思う。
すると子供は、「名前を聞いてくれた、この人誰なんだろ。」となるかもしれない。
僕が下手なのは興味を持ってくれるように唆すところだと気づいた。
子供たちと楽しそうにしている営業部の先輩がいた。
ドッジボールで1対1でキャッキャしてたところを眺めてた。
その先輩は良く喋るヘラヘラした感じの人柄。
子供たちからも接しやすそうな人に見えただろう。
じゃ、僕の場合は、、、
やっぱり笑顔が必要だと思う。
笑顔の人のほうが話しかけられるに決まってる。
人を受け入れる表情だし、関わったら楽しそうな予感がする。
僕は笑顔の時間が短いらしい。
笑ってる時の顔はすごい褒めてくれる(当たり前か)。
もっと、その時その時を簡単に楽しめと友人には口酸っぱく言われる。
ここで僕の父親の話をする。
父親は僕と同じで笑う時間が短いと思う。
笑顔に関することは親譲りの性格だ。
父親と一緒にの空間にいるだけで張り詰めた空気になっていた。
呼吸音にも気を遣うような緊張感を覚えてる。
それだけではないが、笑顔がその人の空気感を作り上げる要素を大きく占めるのは間違いない。
自己紹介と笑顔、子供と大人で接し方は異なるがやるべき根本の部分は同じだと考えた。
カッコつけている自分が見えた。
子供と接する時は普段とは声や話し方を変えると思う。
端からはそう見えるはず。
自分がああやって話しかけるのは恥ずかしい。
なんてナルシストな、外見とのギャップを過剰に意識した自分に気づいた。
恐らく恥ずかしながらに中途半端な姿勢はより恥ずかしい姿に映っているはずだ。
振り切ってる方がよい。
ただ、自分を見ることができない。
中途半端で最も恥ずかしいことを認識できればこれを克服できるはずだ。
僕はカッコつけてると思う。
かなり。比較的にはもっとかなり。
自分の姿がカッコよく映ってるかは確認したがるが、逆の姿は目を背けたくなる。
これが悪い方向に働いているのが子供たちとの接し方だ。
素直な気持ちで、子供と仲良くしたいってのを1番に自分をぐにゃぐにゃにしてみよう。
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ブログを書くって決めてから、何を書こうか考える時間が長くなった。
今日の何気ない出来事も深く考えた。
これは、何かにトライして失敗して分析して、、、のサイクルに活かせる。
PDCAか!